ゆとり教育とは

2022年2月5日 考察
ゆとり教育とは
ゆとり教育とは
ゆとり教育とは
何であったのか

ゆとり世代には学力の低下と引き換えに
異常に発達した能力があります。
【2013年】【岡田斗司夫/切り抜き】
https://www.youtube.com/watch?v=pzztWx-yimI

ゆとり教育という試みがあって
これは従来の「詰め込み型学習」「知識偏重型」の学習に対して
「自分で考える力」を養い「生きる力」を育むという
そういう趣旨のもと学校での教育を変えようとした動きであるが

結局考えた奴は結構頭の良い奴で
成程2022年になってみれば
分からないことはスマホンでも使えば数秒で調べられるもので
知識を知っているという事は大して重要では無くて
その知識を如何に使いこなすか或いは知識を使って
どう課題を解決していくかが重要になってくる
といった状況も
体感的に理解する連中も増えているとは思うのだが

ゆとり教育の試みが行われた当時にこの理解は難しかっただろうね
社会を構成しているのは詰め込み教育で育った歯車達であるし
社会を支えているのは詰込み型の競争を勝ち抜いた詰め込み歯車達であるし
この新しい価値観について構成員は理解できなかったのである

彼等が注目したのは円周率が3になるなんてことで
学校で教えられることが減って子会社の学力が落ちることが心配
これではこの先の競争には勝ち抜くことはできないとか
結局知識を頭に入れる→紙に書きだす
良い高校を出て良い大学を出て一流企業に勤める
という価値観以外を知らないものだから
子会社には学力斜面に取り付いてそこを登る方法しか伝えられないというかね

まあ思うに今もそうなのであるが
こういうのを考える奴は頭が良くてなかなか良い事を言っているのだが
こいつらは頭が良いだけにその他大勢の愚かな連中のマインドを理解していない
低能が理解に届くような工夫をして考え方を伝えることができないもので
指示が下に降りていくたびに「なぜ?」はなくなり
現場に降りてきたときには
「なにを」「どうやって」の行為だけが残るという状況で
多くの日本国民には「教えられることが減って皆馬鹿になる」
くらいの気持ちしか抱かせることが出来なかったのジャマイカ

個人的にはなかなか立派な考え方であったと思うのだけどね
歯車からの脱却を国家ぐるみで目指したというところかな
残念ながらその趣旨は多くの歯車には伝わらなかったし

ちょっと賢い歯車にとっては
自分の歯車的努力で勝ち取ってきた地位が
将来的に脅かされることになるかもしれない試みだもので
敢えて反対側に回ってみせたという場合もあるかもしれない

とはいえ2022年の現在においても
知識を詰め込んでちょっとでも上の学校に行ってから
大企業に就職することが素晴らしいなんていう価値観は残っているし
実際にそういう価値観で回っている組織も沢山あるものだから
世界規模の大きな価値観の変化を見ない振りをしても
まだまだ生きてはいけると思う訳で

歯車は歯車のまま生きて行けるのだったら
赤のピルなんか飲まずに
ずっと目覚めない方が良い人生なんだよきっと
ただ未来を生きるちびっ子たちにその価値観を押し付けるのは
子会社にとって可哀想な未来を作る可能性があるよねということで

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