耄碌した爺さんと
コソビニにいった訳ですわ
そんだら爺さんと婆さんがコーヒーを買っていたと
カップだけもらって自分でスイッチを押すやつね
そんで自分の会計を終わらせて帰ろうかなと思った時に
その爺さんが店員に
「アイスの方押しちゃったんですけれども」と
まあ要するに量が少なく出てしまった訳だね
しかしこれはなかなかの問題であって
サラリーマソとして果たしてどういった対応がふさわしいのかということである
この爺も「けれども」といっているもので
自身の間抜け振りを自覚している訳である
つまり「けれども」の先に「どうにかなりませんか?」というニュアンスがある訳で
ここをどうするのかというね
別に寄り添う気もないのだとしたら「そうですか」くらいが無難であるし
歯車であるのなら「もしホットの量が欲しければもう一度会計をお願いします」かもしれない
相手に阿るのならもう一度カップを渡してやるかもしれない
しかし会社的には爺が間違えて押した一杯分はロスであって
果たしてというところである
あんなもの原価はせいぜい10%くらいだもので
その位のロスはどうってことないと考えるのか
或いは素敵な対応をすることでこの爺がこのコソビニを気に入って
ヘビーユーザーとなってくれれば長期的には良いことだと考えるのか
リンゴでないとすれば当然ディスペンサーの表示方法に問題があるなと
耄碌した爺でも分かりやすいようにポップでもつける必要があるな
なんて考えるかもしれないが
とにかくその瞬間を切り取ると
どういう対応がいいのかというのはなかなか難しいのである
会社と客のどちらか片方を喜ばせるのは簡単である
両方を喜ばせる手を考えるというのがなかなか難しいことであって
とはいえコソビニくらいになればそういう時のマニュアルもあるかもしれないし
爺と店員のやりとりに付き合っている暇もないので
今回の結末は見ずに店を後にした訳だが
なかなか奥深い問題であるなということを感じたね
コソビニにいった訳ですわ
そんだら爺さんと婆さんがコーヒーを買っていたと
カップだけもらって自分でスイッチを押すやつね
そんで自分の会計を終わらせて帰ろうかなと思った時に
その爺さんが店員に
「アイスの方押しちゃったんですけれども」と
まあ要するに量が少なく出てしまった訳だね
しかしこれはなかなかの問題であって
サラリーマソとして果たしてどういった対応がふさわしいのかということである
この爺も「けれども」といっているもので
自身の間抜け振りを自覚している訳である
つまり「けれども」の先に「どうにかなりませんか?」というニュアンスがある訳で
ここをどうするのかというね
別に寄り添う気もないのだとしたら「そうですか」くらいが無難であるし
歯車であるのなら「もしホットの量が欲しければもう一度会計をお願いします」かもしれない
相手に阿るのならもう一度カップを渡してやるかもしれない
しかし会社的には爺が間違えて押した一杯分はロスであって
果たしてというところである
あんなもの原価はせいぜい10%くらいだもので
その位のロスはどうってことないと考えるのか
或いは素敵な対応をすることでこの爺がこのコソビニを気に入って
ヘビーユーザーとなってくれれば長期的には良いことだと考えるのか
リンゴでないとすれば当然ディスペンサーの表示方法に問題があるなと
耄碌した爺でも分かりやすいようにポップでもつける必要があるな
なんて考えるかもしれないが
とにかくその瞬間を切り取ると
どういう対応がいいのかというのはなかなか難しいのである
会社と客のどちらか片方を喜ばせるのは簡単である
両方を喜ばせる手を考えるというのがなかなか難しいことであって
とはいえコソビニくらいになればそういう時のマニュアルもあるかもしれないし
爺と店員のやりとりに付き合っている暇もないので
今回の結末は見ずに店を後にした訳だが
なかなか奥深い問題であるなということを感じたね